パース四方山話『張さんとカメラ』
もう昔々の会社勤めをしていた頃の話である。或る時,中国人の 張在元氏を紹介された。彼は東大の研究生で,建築の雑誌にも 設計した作品が掲載されていて,その中でもスケッチが上手であった。
彼との会話の中で,中国にはカメラが無かったので,必要な時は 手で描くより外なかったと言う。・・・どうやらその結果,表現上手に
なっていると感じた。文明の利器が手近になかったがゆえに 感性が磨かれていたのである。
現代の文明社会は頭を使わなくしているようだ。手,足,それに大事な頭を使わなければ,パースで一番大切な感覚は育たない。
彼のスケッチから大事なことを学んだように思う。現状をみると パソコンソフトでの作業が多く,しかも海外の安価な国で作業をし,
日本でそれを使用している。経済の理論では成り立っても,日本 での文化は育たない。この業界の先行きが心配でならない。
張さんには後日譚がある。アルバイトを申し出てきたのだ。 折角だからと,図面を渡してパースを描いてもらうことにした。 ところが,パースについての基礎知識のない素人の悲しさ,透視
図法も分からず,おもしろい絵が提出された。これでは使えないので,やりかけたものは最後までやって頂こうと,気を廻して下図はトレースダウンできるものを渡し,それを彩色すれば完了するものだったが,やはり商品とは成り得なかったのである。
リスクを回避するために,私が描いて事無きに済ませたが 仕事をして頂いたので,それなりのお支払いをした。そこで書類上のやりとりをして,幾つかの疑問が生じた。ご参考までに記しておくと,
契約書の印紙欄に郵便切手が貼られ,請求書を提出する ように連絡すると領収書が届いたりした。更には洋数字の例えば 4が で記入されていたり。これらは或る面では致し方ないとも思えるが,やり慣れないことで,とまどい乍らの対処であり,その様子がそのままに表われて,意志が通じにくいと言うよりも日本と中国の隔たりをその時は痛感した。
現今の様子はそうでは無かろうと思う。中国の様子を自分の目で見てくると,或いは日本は追付かれ,追越されているのではないかとさえ感じるのである。そのように思う程に中国は今,めざましい発展を遂げつつある。時の流れと共に,彼
とのお付合いも前記の仕事一件で終了したが,その前後のやりとりで,仲々に清清しい好青年であったことを印象深く心に留めている。現時点ではどの様な仕事に就いているのか知らないが,彼のことだから多分,元気にやっていることと確信している (2004,4,25記)




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